週刊柏﨑 第436回_将来の日本を育てる職業

「暑さ寒さも彼岸まで。」まだまだ寒い日が続いていますが、もう少しすれば暖かい陽気になります。

この3月11日は東北大震災から1年であるのですけれど、今なお3,000人以上の方の行方が不明であります。
ご親族の方達には震災はまだ終わった出来事ではありません。尊い命をおとされた被災者の皆様のご冥福を心から祈りたいと思います。

合掌。 

京都では3月11日に京都マラソンが開催され、全国から抽選で選ばれた1万5,000人の市民ランナーが参加しました。
桂川に近い西京極競技場をスタートし、ゴールの平安神宮まで42.195km、京都を西から東に横断するコースは観光名所巡りのような設定であり、6時間近く市内の幹線道路を封鎖された地元の人間から見れば迷惑この上ないマラソンでありましたが、京都にとっては大きな経済効果があったようで、それはそれで良かったと思います。

私は家から一歩も出なかったので、家のすぐそばを通ったことさえ知らなかったのですが、知り合いに聞いた話では「あんなに鴨川に人がいたのを初めて見た」と言っていました。
また、結構道幅が狭い道を走る箇所があったのですが、監視委員が全く道を横断させないために、相当見物人とトラブルになっていたそうであります。
IPS細胞の開発者として、将来ノーベル賞間違いなしと言われている京大の山中教授もこの京都マラソンに参加したらしく、4時間程で完走したそうであります。しかも、東北大震災募金を1,000万円集めたというのですから大したものです。
家でぐだぐだしていた私としては本当に頭が下がります。

皆様、お元気でお過ごしでしょうか。

先日、東京に滞在した際、結構大きい地震に遭遇したことをこのコラムで書きましたが、今週も東北、関東でマグニチュード6クラスの地震が夕方から夜半にかけて立て続けに起こりました。
14日ホワイトデーの午後6時過ぎに三陸沖でマグニチュード6.8の地震が発生し、その3時間後の9時頃、千葉県東方沖でマグネチュード6.1の地震が発生しましたが、幸い被害はありませんでした。
また、千葉の地震では千葉から茨城にかけて、去年の大震災以来の広範囲に渡った液状化現象があった模様で、地震に対する対策不足を露呈しました。
新潟県上越市では、地震による地盤の弱体化と考えられる地滑りが流動距離250メートルまで達しています。

そんな中、原発の再稼働は狂気の沙汰としか言いようがなく、増税問題とともに、改めて海外への移住も真剣に考える必要があると感じています。
私が通っているジムのトレーナーが先週タイ、バンコクに旅行に行ったのですが、物価の安さや親日的な国民性に触れ、すっかりタイのファンになって帰ってきたのです。
私的にはタイと、タイ以上に親日であり、日本語がかなり通じる台湾が移住する国としてお薦めなのですが、台湾は日本並みに地震が多いので、やはりタイが一番だと思います。
香港人のノーマン君はマレーシアのキャメロンハイランドに一緒に住もうと言っていましたが、ここはとても綺麗な高原の周りには何もありません。

そういえば今週、福島第一原発の2号、3号機にカメラが入って内部の現状を放送していましたが、本当に恐ろしいのは4号機であります。
ここには使用済みの核燃料がプール内に大量に保管されていて、もしプールから水が漏れて無くなれば、京大の野口先生の話では日本は終わりだそうであります。
だから2号、3号機なのでしょうか。
4号機は放映出来ない状態なのかもと凄く心配しています。

大阪の小中学校で留年制を導入するという話が出ています。
年中留年の心配をしているうちの娘は「そんなの絶対反対や!かわいそう!」と言います。
まあ、私も基本的には反対であるのですが、義務教育だからといって理解しないままに進級させるのも問題であると思っています。
九九や分数など算数段階で見失っている子供に数学と言ったって解るはずがありません。

大阪では現在、教員が君が代を強制的に歌うことになり、それが「やりすぎだ。当然だ。」と問題になっています。
私から見れば、こんな不毛の言い争いをするより、もっと市として教師としてやらなくてはならないことがあると考えます。
確かに勉強が出来る子と出来ない子というのはいつの世も存在します。
しかしながら、私が子供の頃は、出来ない子には居残り勉強という補習があって、先生が遅くまで教えてくれたものでした。
今の先生はこういうことはしないのでしょうか。

昔から私達は学校の先生に対し、ある種の理想像のようなものを持っています。
私が子供の頃は、あの岡田可愛さんが高校生で出演していた青春シリーズで、竜雷太さんや夏木陽介さんなどの熱血教師が教師の理想像でありました。
その後、金八先生やGTO(グレートティーチャー鬼塚)、ごくせんと時代は変われど、様々なタイプの教師がテレビドラマで扱われてきたわけであります。

こういった教師の理想像には共通したことがあります。
それは生徒のために一生懸命になるということであります。
不良であろうと、落ちこぼれであろうと、優等生であろうと、その生徒のために親身になって指導するということです。

私の従兄弟が中学の教頭をしているのですが、昔「本物の教師にドラマの教師のようなことを求める方がおかしい。」と言っていました。
それでも従兄弟は運動部の顧問として、休みであろうと放課後遅くであろうと練習に付き合い、県下で強豪チームを育て上げ、生徒にはそれなりに人気があったようです。

小中学校での留年制度は、実際に行うことは不可能であると思います。
しかし、留年させた方がいいという生徒は必ずいるわけで、その生徒が落ちこぼれないようにするのが、教育改革であると思うのです。
ですから、それが出来ないと匙を投げるのであれば、それは教師として資格が無いということです。

何も落ちこぼれが出たらペナルティーという訳ではないのです。大阪の場合、なんでもノルマ化して、それが出来なかったらペナルティーという印象があります。
このような決まりは教育現場にはふさわしくありません。
教師は生徒の為に一生懸命になる、これが一番大切であります。
それに勉強が出来ることが、必ずしも人生において全てではありません。

教師には子供に夢を持たせるような教育をして欲しいです。
それが出来れば、子供は自ずと勉強するものです。

柏崎

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