週刊柏﨑 第790回 孤独死にならない為に
まだまだ日中は凄い暑さでありますが、それなりに夏はピークアウトしているようです。
お盆期間は大型の台風が四国から中国地方を直撃しましたが、多くの地域住民の方が予め避難をしまして被害を最小限に留めることが出来たようです。
このところ目立つのが、各地でのゲリラ豪雨による被害です。
何せあっという間に真っ暗になって、滝のような大雨が降ります。
河川は溢れるし、道路は冠水してしまう訳で、うかうかしていると、命を落とす危険性もあります。
ゲリラ豪雨が降ってくるときは、ある法則があります。
先ず、頭上に大きな積乱雲、ようは入道雲があるか確認して下さい。
晴れていて天気が良い時に遠目に視る入道雲が真っ白で、モクモクしてキレイですが、入道雲の真下では光を通しませんので暗くなります。
稲光や雷がゴロゴロ鳴っていたら危ないです。実はその雲から雨が地上に降るまでは7分間かかるそうです。
また、大雨が降る前に風が吹いてきますから、そういう状況になったら急いで避難した方が良いでしょう。
皆さん、お変わりなくお過ごしでしょうか。
多分、来年の今頃は東京オリンピック真っ最中なのでしょうが、まあ間違いなくアウトドアの競技はやれる状況では無いですな。
マラソンとか考えただけで恐ろしいです。
真冬の南半球から参加した選手なんかは、水風呂からサウナに入るみたいです。
それだってサウナ&水風呂というスパイラルは短時間だから出来ることです。
体感温度50度にも迫ろうとする中、42、195キロメートルを走るなんて、考えただけで私はギブであります。
大体、あの新国立競技場にしても、元々屋根付きにしようと設計したのに、予算が莫大になりすぎて、屋根を取っちゃった訳ですから、競技場に風が流れないんです。
しかも座席にエアコンを付けるという案も、安倍さんの一言で無しになったみたいですから、選手も観客もそれなりの覚悟を持って参加しなくてはならないでしょう。
私は、家でビールでも飲みながら観戦予定です。
私的には、オリンピックより、あと1か月後に迫ったラグビーワールドカップを楽しみにしています。
実はスポーツ観戦でラグビーが私は一番好きなのです。
日曜日の夜に放映している池井戸潤氏原作のノーサイドゲームというドラマも私は毎週楽しみに視聴しております。
4年前のあの奇跡の南アフリカ戦の時、私はQVCのオンエアに出演していまして、ホテルに帰って、結果を知り、驚いたのです。
あれから間違いなく日本は強くなりました。
確かに、試合を観ていると日本といっても外人ばかりでどこの国のチームか分からなくなりますが、日本が決勝リーグまで進む可能性は十分あると思います。
ガンバレニッポン
来月の9月26日ですがQVCでクロワールアイプロのTSVをすることが決まりました。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、クロワールアイプロに使用していますフローラグロールテインとゼアワンゼアキサンチンが世界的に不足していて、QVCでは殆ど皆さんにご紹介することが出来ていません。
今回、メーカーのケミン社から無理を言ってあるだけの原料をわけて貰う事が出来ました。
今の処、追加は出来ない状況です。
宜しかったらオンエアをご覧下さいませ。
10月に消費税が10%に増税されるのですが、普通なら税金が上がる前に買っておこうという消費の前倒しの動きが全く出ていません。
私もそうなんですが、何か買うより節約しようという気持ちが強いのです。
10月過ぎになったら、何か本当にヤバそうな気がします。
世界中が自国の景気後退を考えて金利を下げているのに、消費を減退させる消費増税をするなんて正気の沙汰ではありませんね。
何卒、余り影響が無いよう神に祈るだけであります。
年間に3万人とも言われている孤独死ですが、まあ他人事では有りません。
今は嫁も娘も同居していますので、不自由は感じていませんが、それとて将来どうなるか分かりません。
孤独死の80%は所謂セルフネグレクトだと言います。
セルフネグレクトというのは、別名穏やかな自殺と呼ばれています。
例えば、男性で言えば妻との死別や離別などのショックや寂しさによって「暴飲暴食」や「医療の拒否」「異常な数のペットの多頭飼い」など自らを死に追いやる行為を言います。
テレビでよく放送されているゴミ屋敷なども、このセルフネグレクトになるそうです。
私もこの歳になりますと、多分一人暮らしをせざるを得ない状況になれば、十分可能性は有る訳です。
内閣府から発表された2019年の高齢社会白書によると高齢者の孤独死は過去最高を記録しています。
私は、以前に死ぬということがどんな感じであるかということに興味がありまして、手術時の全身麻酔を、どの位耐えられるかトライしたことが有ります。
(バカだと思います)その時、すうっと、意識が飛んでいくのを感じたのですが、きっとああいう風に意識が無くなり息を引き取るのが死ぬということなのだと思いました。
そしてその時、周りに家族がいて見送って貰うと言うのが、私の理想的な死に方なのだと考えています。
以前はこんなことを考えることは無かったのですが、この頃たまに自分の死について思いはせることが有りますな。
私は、京都にいる時ほぼ毎日銭湯に通っています。
まあ、毎日決まった時間に行きますと、それなりに顔見知りの人が出来て挨拶を交わすようになります。
中には気さくなお爺さん(私も充分お爺さんでありますが)がいまして、私も話好きなことから、天候ことから阪神タイガース、今ならあおり運転ことなど時事ネタを話すようになります。
そういうお爺さんはかなりの確率で一人暮らしの方が多いのです。
ボケの防止には人的交流が一番大切と言いますが、それとは別に一人暮らしであるのも人恋しくなるのでしょうね。
私の場合、正に貧乏暇なしでありまして、この歳になっても現役バリバリであります。
基本的に働き者では有りませんから、常にリタイアして「毎日が日曜日」ということに憧れていますが、多分働かなくなったら嫁にも娘や息子にも見捨てられる可能性が高いので、体が動く限りは働きそうな気がします。