第897回 「観賞」はOKだけど「飼育」はイヤ

最終更新日

Comments: 0

日が暮れるのが、本当に早くなっていて、五時になると外は真っ暗です。気温も急激に下がっていて、お爺ちゃんの私は早くもパッチ着用であります。この処の京都は、修学旅行生と紅葉目当ての観光客でかなり混み合っていまして、話によると街中のホテルは1月位まで予約で埋まっているそうです。確かにこの土日に朝犬の散歩に出かけると、近所のコインパーキングには他府県ナンバーの車が多く停められていました。まあ、観光立国である京都はコロナにより一時は何処に行っても閑古鳥が鳴いている悲惨な状況でありましたので、観光客で賑わうのは府民として嬉しく思います。ただ、数か月前迄あれだけ猛威を振るっていた新型コロナが何故にこんなに急激に少なくなったか、医療関係者をして全く不明である訳です。海外を見渡すと、多分再び感染拡大する可能性が高いのでしょう。今はいわゆる凪のような時期、気を引き締めながら頑張っていただきたいですね。

皆さん、お変わりなくお過ごしでしょうか。

関西在住の方以外は興味が無いかも知れませんが、琵琶湖の水位がかなり下がっています。京都、大阪は飲料などの生活用水をほぼ琵琶湖に依存しています。京都人が滋賀県人をバカにすると、滋賀県人は「琵琶湖の水、止めたんぞ」と言うのは有名な?話ですが、実際本当にやられると京都人はすぐ干上がってしまいます。まあ、現時点で65センチ下がっているそうですが、あの巨大な水がめの規模からしたら、多分危機感はゼロに近いですね。しかしながら、琵琶湖に注ぐ河川には、今の時点でほぼ水が流れておらず、周辺の住民にはかなり被害が出ていると思います。まあ、それなりの雨が降れば解決するのですが、こういった神頼みに近い解決方法しか無いというのが自然相手の辛いところです。京都では今松茸が採れないとか、ズワイガニの漁獲量が昔の10分の1以下になったとか言われていますが、こういった自然界の全ての現象がリンクしていているような気がします。まあ、当然人間が関与して自然を破壊していることが根幹に有るのでしょう。

世界的に原油価格が高騰してガソリン価格が上がり続けています。日本にはトリッガー条項なる決まりが有りまして、ガソリンの平均価格が3か月連続でリッター160円を超えた場合、揮発油税の上乗せ税率分である25,1円の課税を停止するものです。レギュラーガソリンが160円/Lが135円になるのですから、車社会の地方や運送業者にとってインパクトは大きいと思います。

実は、この決まりは2011年の東日本大震災時に復興財源との兼ね合いで凍結されています。それでも震災から10年、コロナ不況ともいえる現状で、ガソリン価格の高騰は国民の生活を直撃しています。苦境にある世帯の子供に給付金を支給することには異存は有りませんが、政府が、今トリッガー条項を解除しないのはおかしいですね。今の処、石油元売り会社にリッター5円の補助をする方向ですが、国民に25,1円減税の説明も無しに少額の補助金で済まそうとすることには納得出来ないことです。また、当然冬場を目前にして灯油価格も上がっていますので、しっかりとした対策が必要です。

 

瀬戸内寂聴さんが99歳で 亡くなりました。正に大往生なんですが、あれだけ好きなことを言ってストレスフリーだったろうし、食欲は旺盛で物凄く元気だったし、私は120歳位まで生きるんじゃないかと思っておりました。寂聴先生は、ああいう開けっ広げで、来るものは拒まずという性格で有りましたので、交友関係も広く、多くの著名人がその死を悼んでいます。私は寂聴先生の考え方や思想には非常に共感することが多かったですし、その言葉で多くの人が救われたことは素直に凄いと思います。

また、先生の波乱万丈な人生はまるで小説のようなもので、生き方は常に刹那的であり、衝動的でありました。まあ私が息子であれば、それはもう堪ったものでは無いと思います。

昔、ウチの嫁が知り合いに「柏崎さんって面白いし、明るいし、そこそこ稼いでくるし、いいよね」と言われた時に、それに答えた言葉です。「うちの柏崎は観賞用の人なのよ、外から眺めていたらそう思うかも知れないけど、実際私みたく飼育してご覧なさい、大酒を飲んで帰ってこないし、家事や身の回りの事は何一つ自分で出来ないし、稼いできたって人に騙され、株でやられ、それ以上に失うし、本当に大変なんだから」その時、嫁の言葉を聞いて思わず「上手いこと言うな」と感心してしまいました。確かに、私は基本八方美人的にふるまう事を是としていましたが、自分自身はポンコツであり、その歪として出たことは殆ど嫁に面倒を掛けてきたのです。その知り合いも嫁の話を聞いて「分かるわー柏崎さんって、私には無理」と納得していました。そう考えると、ウチの嫁は怒ると怖いけど、とても感謝しております。

多くの知り合いが、嫁がいなかったら今骨も残っていないと言いますが反論出来ませんな。

近年、すぐに離婚する夫婦が増えていて、こんなに短期間で簡単に離婚するなら、籍なんか入れなければいいのにと思うことも有る訳です。まあ、結婚するのだからお互い好きになって一緒に暮らすのでしょう。じゃあ何故に簡単に離婚するかというと、答えがここに有るのではないかと考えています。

結婚生活は、妥協と我慢と言った人がいましたが、今はそんなシンドイことを続ける夫婦は少なくなったという事なのでしょう。

僕個人の見解ですが、ペットを衝動的に購入して簡単に捨てる人が増えているのと、基本的には同じ理由だと思います。

要は、結婚前は相手を観賞用的に良いと判断するのですが、一緒に暮らすと飼育的に無理と判断するのではないかと。

まあ、思い描いていた生活との大きなギャップに愕然とするのでしょう。

寂聴先生と言う方は、私なんかより遥かにスケールの違う「観賞用の人」であると考えています。自分の生き方に正直であり、うわべの誤魔化しや、格好づけをしない、だから周りの多くの人がその姿を羨望したし、魅了されたと思います。

その分、晩年になる前の若い頃の先生は「飼育不可の人」であったのでしょう。まあ、「家に帰ったらお母さんが駆け落ちしていました、」なんて、子供や夫からしたら堪ったものでは無いし、そんなお母さんを子供なら、生涯許すことは無いのでは無いかと思いますね。

まあ、その分晩年は、突き抜けたというか、嘘偽りの無い生き方を貫けたのではないかと、その言葉に魅了されたのは、誰もが思っている本音で有るから何でしょう。

心からご冥福をお祈りいたします。合掌

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメントする